EVがSiCを奪い合い…なぜ?

つい最近、ルノーグループとSTMicroelectronicsは、2026~2030年の新エネルギー車向けのSiC(炭化ケイ素)およびGaN(窒化ガリウム)製品の供給に関して提携協定を締結したと発表しました。今年初め、Vitesco Technologies(ドイツ)が現代自動車から数億ユーロの800V SiCインバータを受注したことも偶然ではありません。JAC MotorsとボッシュもSICインバータ分野で戦略的提携契約を締結しました。
SiC分野では、他の主要なEV(電気自動車)メーカーおよび新興自動車メーカーの最近の行動も注意をひいています。 1つの例は、SiCインバータを使用した新モデル「Model S Plaid」を発表したテスラです。また、SiC技術を用いた最初のモデル「BYD Han」を発売したBYD Companyも2023年までにシリコン(Si)ベースのIGBTを車用SiCパワー半導体デバイスで完全に置き換えると発表しました。さらに、NIOは、2022年の新しいET7モデルでSiC技術を用いた電気駆動システムを採用すると表明しました。
今後数年でSiCパワーデバイスが電気自動車分野で小規模な市場拡大をもたらすさまざまな兆候があります。 そこで、どの企業も早めに手を打ち、サプライチェーンを強化するために事前に「ペアを組んで」います。
SiCを使用する理由は?
事実、電気自動車における電気駆動インバータのコストを考慮した場合、成熟したSiベースのIGBTの代わりにSiCパワーデバイスを使用すると1台の自動車のコストが200~300米国ドル上昇します。 では、なぜ、多くの企業がより多くの資金を投入して、より「コスト高」の計画を進めているのでしょうか? 答えは、第一に、SiCデバイス自体の特性にあります。
パワーエレクトロニクスの分野では、スイッチコントロールを担うパワーデバイスが性能の鍵を握っています。 Si材料は、長年に亘り、この分野で圧倒的な地位を保ってきましたが、電力密度の増加、スイッチング速度(周波数)の上昇、およびアプリケーションにおける所要電力の増大により、Siデバイスの性能は、理論的な限界近くまで「追い詰められて」います。そこで、人々は、Siに置き換わる新しい半導体材料を探して材料に目を向け始めました。その結果、ワイドバンドギャップ(WBG)半導体(別名:第3世代半導体)で使用されている2つの材料、つまりSiCと GaNが徐々に人々の視野に入ってきました。 この2つの材料のうち、SiCは、650V~3.3kVの半導体デバイスにおいて多くの圧倒的な利点を備えています。
図1:さまざまな半導体材料の性能と用途の範囲(画像提供:Infineon)
図1に示されているように、SiCのワイドバンドギャップ(WBG)はSiの3倍、絶縁破壊電界強度(臨界電界強度)はSiの約10倍、熱伝導率はSiの3倍、そして飽和電子移動度はSiの約2倍です。このような特性をパワーデバイスで利用することにより、下記の利点が得られます。
- WBGの増大:WBGが大きいほど、臨界破壊電圧が高く、高電圧および高電力のアプリケーションにおける適性が増します。
- 飽和電子移動度の上昇:この値が高いほど、デバイスのスイッチング速度が上昇し、高電圧の高周波数動作に必要な駆動力が小さくなるため、エネルギー損失が減少します。また、より小型の周辺デバイスを高周波回路で使用できるようになり、システムの小型化に寄与します。
- 熱伝導率の向上:冷却システムの追加を回避できるため、コストおよびサイズの最適化に寄与します。
- 単位面積あたりのドレイン・ソース間オン抵抗の低下:損失を効果的に削減できます。
図2:さまざまな半導体材料の主な特性の比較(画像提供:Infineon)
自動車アプリケーションに関しては、電気駆動インバータにおいてSiベースのデバイスをSiCデバイスで置き換えることによりデバイスレベルのドライバのエネルギー効率の損失を80%削減できることが、いくつかの分析で示されています。Creeの推定によると電気自動車インバータにおいてSiCパワーデバイスを使用することにより、自動車の電力消費を5~10%削減できます。全体として考えると、インバータモジュールのコストは上昇しますが、バッテリーコスト、熱放散コスト、およびスペースの利用コストは大幅に削減されるため、車両全体のコストは、2,000米国ドル削減できます。SiCパワーデバイスは、インバータに加え、電気自動車のオンボード充電器(OBC)や電力変換システム(DC/DC)など多くの用途でも使用できます。誰もがSiCの採用に殺到しているのも納得できます。
テスラの成功例
SiCデバイスの性能上の利点は、以前から知られていましたが、その議論は、理論的なレベルに留まり、実際の成功例は存在せず、当然のことながら、どの企業も技術的判断を下すのに及び腰でした。 したがって、現在、多くの自動車会社がSiCを積極的に「採用している」理由として近年のSiCの技術的発展に加え、テスラの実証例を過小評価することはできません。
テスラは、電気自動車におけるSiCパワーデバイスの使用において「冒険する」最初の自動車会社となりそうです。2018年、テスラは、同社のModel 3のインバータにおいてSTMicroelectronicsの650V SiC MOSFETを採用しました。これは、SiベースのIGBTを使用した初期のModel Xと比較して、インバータの効率を5~8%向上させると言われており、車両の品揃えを増やすために不可欠です。 次に、テスラは、2020年に発売したModel Yにおいて、パワーモジュールの後輪駆動にSiC MOSFETを採用しました。現在、テスラは、Model S Plaid に加え、SiC技術を使用した3つのモデルを擁しています。 3つのモデルのうち、電気駆動インバータにおけるSiC MOSFETの高電圧、高温、および高周波数の優れた性能により、Model S Plaidは、わずか2.1秒で100 kphまで加速することができ、世界最速の加速度を持つ量産車として評価されています。このような「異名」は、間違いなくSiCの最大の後押しとなるでしょう。
SiC製品と技術の成熟により、電気自動車における用途拡大は、採用の範囲だけでなく、奥深さにも反映されています。新エネルギー車の初期の電気駆動インバータでは一般的にSiベースのIGBTとSiC-SBDの混合アーキテクチャが使用されていましたが、このアーキテクチャは、現在、純粋なSiCインバータの使用へと進化しつつあります。2017年、VENTURIチームは、ロームの純粋なSiCパワーモジュールにより、新しいインバータを開発することができ、そのサイズは43%、重量は6kg削減されています。このような成功例は、純粋なSiCインバータの将来を非常に期待させます。
新たな流れに欠ける?
HIS Markitの予測によると、SiCパワーデバイスの市場規模は、2027年までに100億米国ドルを超え、2018~2027年の年複利成長率は、約40%に達する見込みです!そして、新エネルギー車は、最も重要な原動力です。
しかし、需要増大は、「需要爆発が供給不足につながるのではないか」という一定の懸念をもたらすでしょう。特に、ここ数年、自動車エレクトロニクス分野で「半導体不足」が起きていることを考えると、心理的な不安が残っています。 懸念が高まってきたことも納得できます。
現在の視点から見て、SiCデバイスの生産能力の急拡大を阻む主な要因を下記に示します。
- 今でも、SiCは、基板ウェハーやエピタキシャル・ウェハーなどの基本的な材料の準備においてSiとの競争に苦しんでいます。たとえば、基板ウェハーは、ほとんどが4インチと6インチです(Siデバイスの主流は、8インチと12インチです)。気相のエピタキシーレートは低く、液相のエピタキシー生産は低いです。このような技術的な問題に画期的な解決法が見つかるまで、生産能力は確実に制限されるでしょう。
- SiCデバイスの製造プロセスから見ると、電極の製造における良好な抵抗接点の形成は、今でも問題点の1つです。
- SiCの産業チェーンにおいて、過去の主要なプロセス技術は、数社が握っています。市場全体は、小規模であり、Siベースのプロセスのように標準化された大規模な分業体制とは、ほど遠い状態です。
このような問題点により生産能力の急拡大とコスト削減は、抑制されるでしょう。たとえば、SiCの基板ウェハーを見ると、SiCの現在のコストは、Siの4~5倍であることが分かります。また、価格は、今後3~5年間で、Siの約2倍まで低下すると期待されています。このプロセスにおいて、短期的な生産能力および供給不足は、避けられないかもしれません。
幸運にも、市場の発展に対する大きい期待により信頼が高まっています。生産能力の拡大に向けた業過の投資が増加していることも見て取れます。 たとえば、STMicroelectronicsによるNorstelの買収、InfineonによるSiltectraの買収、SiCウェハーダイシング分野における新興企業などです。
将来に目を向けると、SiCデバイスの開発に関する妥当な予測は何でしょうか?業界のある関係者は、過去により客観的な意見を述べています。それを引用すると…IGBTは、1990年から現在まで合計30年間に亘り開発が進められ、7世代の技術を通り抜けてきました。最終的なコストは、過去の5分の1まで削減されてきました。SiCが新興技術から汎用技術への発展も同じように非常に長いプロセスとなるでしょうし、SIC技術は、技術的に洗練化する時間も必要でしょう。
したがって、SiCに関して、私たちは、この流れを積極的に追求すべきですが、この点で「忍耐」も必要です。 いったん、リズムを認識できれば、技術革新のプロセス全体が、より途切れなく円滑になるでしょう。