サービス指向のゲートウェイ:車両データを「覚醒」する

今日の車両は、「データの怪物」と言っても過言ではありません。車内のさまざまな電子システムが生み出すデータは、1時間あたり4TBという驚くべき量に達していると推定されています。
「ビッグデータ」の信奉者にとって、この膨大なデータが、正真正銘の潜在的な宝の山であることは疑いようがありません。他方、自動車会社および消費者は、この膨大なデータを支えるために法外な金額を支払っています。たとえば、現在、高級車1台のデータの流れを支えるワイヤーハーネスは、最長5000メートル、重量約60㎏に及びます。現在の車載ネットワーク・アーキテクチャを基準とすると、自律走行車のワイヤーハーネスは、将来、最大100㎏に達するでしょう。これは自動車会社にとって大きなコストであり、ユーザーにとって増え続けるデータに直接お金を支払っていることを意味します。
明らかな理由で、休眠中の車両データを「覚醒」して真の利益につなげることは、今日の自動車業界の最優先事項の1つとなりました。提案されている多くのソリューションの中でも、過去2年間に繰り返し浮上してきた言葉は、「サービス指向のゲートウェイ」です。
サービス指向のゲートウェイとは?
車両のネットワーキングの発展とともに、車載用ゲートウェイの概念は、人々に知られるようになりつつあります。車載用ゲートウェイは、異なるサブネット間のデータの壁を破るためにバスアーキテクチャの異なるプロトコルの橋渡しをする役割を果たす一方、車両と外部の通信ネットワークをつなぐ通信ハブとしての役割も果たしており、車両は、情報の孤島ではなくなっています。
ただし、これら従来の車載用ゲートウェイは、データの変換と処理という基本的な処理しか行っていません。しかし、アプリケーションのシナリオが増える中、車載用ゲートウェイは、より多くの機器を管理し、より多くのスマートサービスを提供することが求められるでしょう。近々、車載用ゲートウェイは、データに基づいてリアルタイムにローカルで判断して対応したりエッジ・コンピューティングにより「役に立つ」データをクラウドへ送信したりできるように、データをさらに処理および洗練させることが求められるでしょう。そうするなら、グローバルな分析を行い、車両をよりスマート化するヒントを得ることができます。このように車載用ゲートウェイが進化してこそ、本当の意味で「サービス指向のゲートウェイ」と呼ばれるに相応しいでしょう。
従来の車載用ゲートウェイとサービス指向のゲートウェイの違いを説明するより簡単な方法があります。それは、前者がデータを相手にし、後者がユーザーを相手にしているということです。一見、この2つの違いは性能と機能だけに見えますが、実際は設計およびアプリケーションの概念の根本的な変化により、将来の自動車のアーキテクチャ、さらには自動車業界のビジネスモデルにも大きな影響が及ぶでしょう。
車両アーキテクチャの進化の加速化
まず、サービス指向のゲートウェイの台頭は、将来の車両アーキテクチャの進化を加速化させるでしょう。
従来の車両は、分散型のエレクトロニクス・アーキテクチャを特徴としていました。換言すると、複数のECUを使用して車両の電気的および電子的機能が実現され、関連するECUは該当するバスを通して接続されています。ただし、この種のフラットなポイントツーポイントのアーキテクチャは、基本的にハードウェアベースのアーキテクチャであり、システムの拡張性がなく、機能のアップグレードもできません。これは、市場の進化に直面している自動車業界が求める高速の双方向コンピューティングに資することにならないことは明らかです。したがって、ソフトウェアベースの集中管理は、車両アーキテクチャの進化の焦点となっています。
サービス指向のゲートウェイの台頭は、従来の分散型の車両アーキテクチャから機能ドメインベースのアーキテクチャへの進化を大幅に加速化するでしょう。いわゆる機能ドメインベースのアーキテクチャは、同様または類似の機能を持つECUを機能ドメインに統合し(動力伝達、シャーシおよび安全性、車体制御、インフォテイメント、先進運転支援システムなど)、ドメインコントローラにより集中制御されます。サービス指向のゲートウェイは、車両の中核ハブとして、機能ドメインコントローラと安全に相互接続し、異種の車両ネットワークのデータを処理します。同時に、クラウドとの安全で効率的な接続を確立し、クラウドからのOTAのアップデートをサポートし、自動車の電子システムを遠隔でアップグレード、管理、および維持します。
画像1 ドメインベースの車両アーキテクチャでは、サービス指向のゲートウェイを中心的な場所に設置(出典: NXP)
車両データの価値の発見
このような車両構造の変化は、生み出される膨大な車両データの潜在的価値を発見する土台となります。
先に述べたように、サービス指向のゲートウェイを中心とした機能ドメインベースの車両アーキテクチャの発展は、従来のハードウェアベースのシステムをソフトウェアベースの管理システムへ変革させました。これは、従来、ハードウェアにより定義されていた機能が将来ソフトウェアにより定義されることを示唆します。つまり、いったん購入した車は、ソフトウェアの継続的なアップグレードにより進化していきます。たとえば、朝、車のエンジンをかけたとき、集中制御パネルに、「あなたの車は、自動OTAアップデートにより、特定の新機能でアップグレードされました」など、スマートフォンのアップデートと同じようなメッセージが表示され、新機能をすぐに体験できるようになるでしょう。これによりユーザーは、走行距離が増えるごとに車が古くなるのではなく新しくなるように感じることができます。このような心地良い驚きを歓迎しない人がいるでしょうか?
また自動車会社は、将来、サービス指向のゲートウェイを通して、より多くの遠隔システム管理サービスを提供できるようになるでしょう。OTAを介したユーザーシステムのアップグレードという「予期しないプレゼント」に加え、ソフトウェアのバグも遠隔で修正することができ、従来の単調で高価なリコールおよび修理プロセスを回避できます。さらに、自動車会社は、クラウドコンピューティングを介してサービス指向のゲートウェイで収集されたデータを分析および処理することで、ユーザーの嗜好をより良く理解し、よりパーソナライズされたサービスを提供できるようになります。車両は、単に1回限りの購入で終わらないため、非常に広範囲の目に見えない潜在的利益が得られます。自動車会社とユーザーは、サービス指向のゲートウェイにより提供されるリンクを通して、より頻繁かつ長期的にコミュニケーションを図ることができ、それがより多くの取引につながり、付加価値を生み出すでしょう。
さらに、車両データが生み出すエネルギーは、車両のエコシステムの他の側面も刺激するでしょう。たとえば、保険会社は、サービス指向のゲートウェイで集めたデータを利用することにより、運転者の行動(アクセル、ブレーキ、速度、方向指示器の信号など)、車両の位置、および道路の状態に基づいてパーソナライズされた動的な保険料を設定し、コストを最適化できます。また、ロジスティックス企業は、サービス指向のゲートウェイを通して運搬車両の状況をいつでも監視することにより、最適な燃費を実現したり予知保全の問題を解決したりすることができ、予期しない車両の故障の発生を抑えることができます。さらに、このデータは、カーシェアリングなど、新しいビジネスモデルの発展にも寄与するでしょう。
サービス指向のゲートウェイの実現は遠い先?
あらゆる大幅な技術的アップグレードと同様、サービス指向のゲートウェイの応用および車両アーキテクチャの変革は、1つのプロセスを通る必要があります。これは、慎重な自動車業界に特に言えることです。その過程で、多くの技術亭な課題も克服する必要があります。
たとえば、サービス指向のゲートウェイは、より高い処理性能、より高い車両情報セキュリティ、および十分な機能的安全性の面で、より多くの新世代の車載プロセッサ/コントローラを必要とします。
この目的に向けて、さまざまな車載プロセッサメーカーが既に戦闘準備を整えつつあります。今年の初めにNXPが発売したS32Gプロセッサは、サービス指向のゲートウェイ専用の製品です。S32Gは、ASIL DレベルのMCUとMPUおよびネットワーク通信向けのハードウェア・アクセラレータを提供しており、プロセッサの負荷を抑えることができます。また、次世代の車両の複雑なリアルタイムの環境に対処するために、決定的なネットワーク性能を提供することで付加価値サービスを実現します。さらに、S32Gには高性能ハードウェア・セキュリティ・アクセラレータおよびPKI(公開鍵基盤)が組み込まれており、ハードウェア・セキュリティ・エンジン(HSE)によりサポートされることで、十分な情報セキュリティが確保されています。NXPは、 S32Gを通して10倍のコンピューティング・パワーおよびネットワーク性能を提供することにより、サービス指向のゲートウェイのトッププロバイダとしての地位を築きたいと願っています。
画像2 サービス指向のゲートウェイ用のNXPのS32Gプロセッサ(出典:NXP)
将来、サービス指向のゲートウェイに関連した技術的な試験の数が増えるでしょう。時が来れば、サービス指向のゲートウェイにより車両が再定義され、増え続ける車両データの「負荷」を目に見える財産に移し替えることができるでしょう。