いい音を手に入れるために必要なのはLE Audioだけ!

Bluetooth技術はバージョン4.0以降2つの異なる方向に発展してきました。モノのインターネット(IoT)に後押しされ、Bluetooth Low Energy(BLE)は遅れて参戦した後急速に人気を集め、ウェアラブルなど多くのIoTベースの革新的なアプリケーションの標準仕様になりつつあります。一方、クラシックBluetooth(BT)(従来のBT規格)は、オーディオや高速データ伝送などの既存の利用法においていまだ大いにメインストリームの技術であり続けています。
過去4~5年間、クラシックBluetoothは主にアップル社のAirPodsのおかげで音声伝送の領域に新たな成長の波を引き起こしています。このヒット製品により、完全ワイヤレスステレオ(TWS)ヘッドセットという新製品カテゴリー全体に火が付いたのです。カウンターポイント社の市場調査データによると、世界のTWSヘッドセット市場は2021年に前年比33%成長し、3億1,000万ユニットに達する見込みです。
図表1:AirPodsがTWSヘッドセット市場全体を盛り上げてきた(画像提供:Apple)
TWSアプリケーションの課題
しかし、TWS(完全ワイヤレスステレオ)を活用する企業が増えるにつれ、クラシックBluetoothがTWSに仕掛けた「落とし穴」の全容が明らかになりつつあります。いろいろな意味で、オリジナルのクラシックBluetoothの音声伝送規格はTWSの開発要件に対応できなかったのです。これには2つ、大きな理由があります。
第一に、クラシックBluetoothは不十分なコーディング技術の被害者です。クラシックBluetoothは、かつて電話音声伝送という単純な用途に利用されていたSBC符号化技術を用いています。しかしながら、音楽再生など高度なユーザー体験要件を伴うオーディオアプリケーションの登場とともに、低効率や低音質といった弱点が露呈しています。それゆえ多くの人にとってBluetoothのヘッドセットは、オーディオのクオリティを語る対象ではなく、「音を聞く」ためだけに使われるものとなっています。もちろん、音質を改善する方法はあります。しかしそのためにはAC3やAptXのような他の特許符号化ソリューションの助けが必要なのです。このアプローチは、メーカーとユーザーの両者に追加的なハードウエアコストと技術ライセンス料の支払が求められるため、ベストソリューションでないことは明らかです。
第二に、バイノーラルの同期の難しさです。クラシックBluetoothは、A2DPプロファイルでは1つのポイントツーポイントのオーディオストリームしかサポートできません。一方TWSは2つの別々のヘッドセットに音声を伝送して機能するのです。したがって、従来のソリューションでは、まず一方のヘッドセット(メインスピーカー)に音声を伝送し、それからメインスピーカーを経由してもう一方のヘッドセット(セカンダリスピーカー)につないでいます。しかし、メインとセカンダリスピーカーを介するTWS方式には明らかな弱点があります。第一に、信号中継機として使用されるメインスピーカーがより多く電力を消費し、経年劣化も早いことが避けられないため、2つのヘッドホンのバッテリー残量と耐用年数に差が出てしまうことです。第二に、2つのイヤホンから出力される音声が同期されず、携帯電話の画像に対する音声の遅延が大きすぎることです。これはもちろん、ビデオ視聴やゲームをするユーザーにとって致命的な欠陥です。
このバイノーラルの音声同期の問題を解決すべく、様々なTWSメーカーが新しいアプローチを活発に探っています。アップル社はAirPods上のこの問題を専用のモニタリングソリューションで解決しましたが、同社が構築した厳重な特許の障壁により、他の後発者のこの分野への参入が妨げられています。近年、他の多くのバイノーラルコネクションソリューションが大きな進歩を遂げていますが、こうしたプロトコルや実装ソリューションはすべて「開発元」が異なるため、否応なく互換性の困難な問題が生じるでしょう。たとえば、クアルコム社のTWS+ソリューションは、Snapdragon 845以上の携帯電話のプラットフォームしかサポートしないのです。
おわかりのように、こうした「苦境から抜け出そうとする」努力はすべて、オリジナルのBluetooth規格につぎはぎの応急処置をするような空しい試みです。従来のBluetoothの音声伝送が今はまり込む「苦境から抜け出す」のを助けるためには、Bluetooth規格に抜本的な改革を行う必要があります。
LE Audioスタンダードの到来
SIGは、この必要を十分意識しています。2020年早々のBluetooth 5.2規格バージョン発売時に、SIGはLE Audio技術という決定打を放ちました。その名が示すように、この技術は(従来のBluetoothではなく)BLEコネクションを通して音声伝送を行います。また、BLEの低電力消費というメリットを利用して、ユーザーのワイヤレスオーディオ体験を大幅に高めます。
Bluetooth技術の開発が、BLEと従来のBluetoothのアプリケーションシナリオの違いが原因となって2つの異なる方向に向かってきたと言えるなら、LE Audioは今、これらの2つの進路を交差させることができたということです。LE Audioは今、クラシックBluetoothが占拠していた市場を引き継ごうとしています。それゆえ、業界の専門家たちは、LE Audioは「Bluetooth史上最大の開発成果の1つ」になると予見しているのです。
では、この大いに期待されるLE Audio技術には、一体どんなマジックがあるのでしょう?精査すると、その利点は主にLE Audioが根ざす3つの新技術から生まれていることがわかります。
図表2:LE Audioに用いられている3つの主要技術(画像提供:SIG)
#1. 低複雑性コミュニケーションコーデック(LC3)
この新たな高品質、低消費電力のオーディオエンコーダーには、低レート条件下で高品質のオーディオを提供しつつ、同時に広範囲のサンプリングレート、ビットレート、フレームレートをサポートするという特徴があります。これにより、開発者は製品を柔軟に調整し、最適化して、ユーザーにベストなオーディオ体験を提供できます。
以下の図表は、LC3を従来のSBCエンコーダーと比較したものです。縦軸は、国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)の勧告BS.1116-3に基づく符号化と圧縮後の音声障害の程度を示しています。5はオリジナルのオーディオソースと相違なし、4は顕著ではあるが受容できる相違、3は特に重大な相違があることを示します。図表に示したように、LC3が明らかに優位にあり、ビットレートを50%まで抑えても良質のオーディオ体験を提供します。
LC3が、低電力消費を実現しつつBluetoothのオーディオをHiFi体験にまで引き上げた、と言っても過言ではありません。
図表3:LC3とSBCオーディオコーディング方式の比較(画像提供:SIG)
#2. マルチストリームオーディオ技術
この技術は、TWSの音声同期の問題を解決するためのものと言えます。ソースデバイス(スマートフォン)と1つ以上のシンクデバイス(イヤホン)間の複数の独立したオーディオストリームの同期を実現しました。言い換えれば、マルチストリームオーディオ技術を通して、2つのヘッドセットに同時にオーディオストリームを送信できるようになり、より良いパーソナルなオーディオ体験と、複数のオーディオソース間のスムーズな切り替えが実現されるのです。さらに、マルチストリームオーディオはオープンスタンダードです。この技術が披露されて以来、「AirPodsの一人勝ちの終焉」が予測されているのは当然なのです。
#3. ブロードキャストオーディオ技術
はじめの2つの技術がLE Audioを使うために導入され、TWSが直面した現実問題の解決を目指したとするなら、ブロードキャストオーディオ技術は、LE Audioの未来に向けて私たちの心を開くものです。
ところで、ブロードキャストオーディオとはいったい何でしょう?これは1つのオーディオソースデバイスが1つ以上のオーディオストリームを無制限の数のオーディオ受信デバイスにブロードキャストすることを可能にする技術であり、「オーディオシェアリング」と呼ばれています。このシェアリングは、個人間や特定の場所で行うことができ、広範かつ柔軟なアプリケーションシナリオが考えられます。
たとえば、以下のようなアプリケーションが考えられます:
個人間の音楽シェアリング:複数の友人と同時に1つの携帯電話(またはオーディオソースデバイス)で音楽を楽しめる。
公共の場での音声案内:劇場や美術館において、複数のユーザーがBluetoothのヘッドセットを使って、台詞や展示品の説明を聞けるようにする。
公共の場のテレビ/指導:フィットネスのインストラクターが、Bluetoothのヘッドセットを使ってグループの中の特定の生徒に指導できる。公共の広場でのダンス披露の音楽を、ヘッドセットを通して「ビッグママたち」にブロードキャストし、歩行者や住民に大騒音の迷惑をかけないようにする。
複数言語のアナウンス:複数のオーディオストリームを使って、国際会議における多言語による同時通訳や航空機内の多言語による放送を行う。
この一連の思考を進めていけば、ブロードキャストオーディオの可能性は息をのむほどに無限です。
図表4:Bluetoothのオーディオアプリケーションは今後も拡大し続ける(画像提供:SIG)
すでにLE Audioをベースとする様々な開発が進行中です。たとえば、近く発表されるAndroidシステムの2022バージョンではLE Audioがサポートされると見込まれており、関連するチップの研究開発も本格的に進められています。また、LE Audioの市場参入後数年のうちにLE Audioと従来のBluetoothのオーディオの両方をサポートするデュアルモードチップが標準になると見込まれています。その後LE Audioの浸透率が高まり、新たなアプリケーションシナリオが充実するにつれ、シングルモードのLE Audioチップが登場し、徐々に市場の相当部分を獲得することでしょう。
将来、Bluetoothのヘッドセットやその他のワイヤレスオーディオデバイスから高品質のオーディオが聞こえたなら、それはきっとLE Audioだからです。
