シングルペア・イーサネットがインダストリアルIoTにもたらすもの

シングルペア・イーサネット(SPE)のIEEE規格は、車内のケーブルの重量を減らすために自動車業界で開発されましたが、現在、ケーブルの重量が最重要課題とは程遠い産業分野で、大きな興味を集めています。
イーサネットタスクフォースの会長であるジョージ・ジマーマンによると、シングルペア・イーサネットの説明は難しくありません。しかし、その重要性の理由に関する説明となると、少し複雑です。名前のとおり、SPEはシングルペア・イーサネットを意味します。他のイーサネット接続はすべてマルチペア線ですが、それは主に歴史的な理由によります。イーサネットをシングルペアで接続することに技術的な斬新さはありませんが、シングルペアケーブルのみを使用することは斬新であり、多くの理由で重要です。
まず、本当の意味で同時送受信を実現できます。イーサネットの黎明期は、それをシングルペアで実現するのが難しかったため、送信用と受信用に2本のペアが使用されました。今でも超高速イーサネットでは、帯域幅を分担するためにマルチペアが使用されていますが、それは送信用と受信用を分けることが目的ではありません。
エコー除去は信号処理の画期的な発明であり、それによって同じケーブルで同時に送受信ができるようになりました。ムーアの法則のおかげで、エコー除去機能をより少ない消費電力で、より狭い空間に組み込めるようになり、本当の意味で実用的になりました。これは、手法が複雑化したことが理由ではなく、それに必要な処理能力を狭い空間に組み込めるようになったということです。
事実、ジマーマンによると、エコー除去はおそらく初期よりも簡素化しています。これは、ケーブル、コネクタ、その他の電気機械素子の品質向上が理由です。SN比が改善したことで、エコー除去処理は多少簡単になりましたが、それは本来の目的からするとおそらく補助的なことです。
重要なことは、SPEが画期的な新技術ではなく、従来の型を破ることで実現されたことです。このことは、今後、ネットワークにおいてマルチペアケーブルが使用されると想定できなくなることを意味します。これは産業分野で重要です。というのは、OEM事業者は、既にシングルペア接続を好んで使用しているからです。通常は他のプロトコル、時には専用プロトコルが使用されていますが、今では同じ接続にイーサネットを使用できるため、本当の意味で大変革をもたらすでしょう。
TSN(Time Sensitive Networking)
イーサネットは、TSN(Time Sensitive Networking)において産業用制御にも使用されています。ジョージ・ジマーマンは、IEEE 802.3の一部であるTSNのツールセットを検証する活動の会長も務めています。この中には、TSN用の新しい10BASE-T1 PHYが含まれており、長距離のポイントツーポイントのシングルペア・イーサネットの将来性を検証しています。これを後押しするのは、時間感度と絶対に切り離すことができないインダストリアルIoT(IIoT)です。特にサーボモーターの制御の遅延などの観点から見ると、この関連性は明らかです。
TSNは、車載アプリケーションでも重要ですが、産業分野における最大の利点は、SPEへの移行による軽量化ではありません。事実、SPEケーブルの長さ(つまり、到達距離)は比較的短く、約15メートルであり、薄いゲージワイヤーが使用されています。運用技術(OT)アプリケーションでは到達距離が1キロメートルに及び、ゲージワイヤーははるかに厚く、断面が1ミリに及ぶ可能性があります。この断面は、より小型のゲージを使用したマルチペアケーブルとさほど変わりません。
実際の利点は、複数のペアを接続する代わりに2本のペアのみを接続することでもたらされます。これにより、設置と保守が簡単になります。性能面の利点は、シングルペア・イーサネット用に設計されているなら、何にでも使用できることです。これにより、バックホールのために他のプロトコルを受け取ってイーサネットで送信するフレームへ変換するための産業ゲートウェイが不要になる可能性があります。また、複数のプロトコルを扱う複雑さがなくなり、ネットワーク全体を簡素化します。
OEM事業者にとって、これは多くの技術者が使い慣れているイーサネット技術において標準化できることを意味します。根本のトランスポート層の複雑さが減るため、技術者はTSNの導入など差別化および付加価値の向上に集中できます。
イーサネット・アライアンスが開発したIoTを簡素化するシングルペア・イーサネット。インダストリアルIoTでの採用が急拡大しています(出典:Theイーサネット・アライアンス)
インダストリアルIoTにおけるネットワーキング
SPEの採用を促すもう1つの重要な要素は、マルチドロップ技術を介した共有アクセスをサポートできることです。これは、従来のポイントツーポイント接続からの脱却であり、ジマーマンが指摘するように、イーサネットが本来目指していたことです。これは、CSMACD(搬送波感知多重アクセス/衝突検出)と呼ばれる技術によって実現されます。
ジマーマンは、「10 Mビットのシングルペア・イーサネットには、私たちがマルチドロップと呼ぶバージョンがあります。これは、共有メディア接続への回帰です」と述べています。この技術は、車内のCAN(コントローラエリアネットワーク)に置き換えるために開発されたものですが、現在は、産業分野で機器を接続するバックプレーン技術として使用されています。
これにより、OT環境におけるネットワークの導入が簡素化され、イーサネットのために既に存在する大規模なエコシステムを活かすことで、より簡単かつ安価になります。
Power over SPE
もう1つの重要な開発は、同じケーブルでデータと電力を同時供給できることです。IEEE 802.3cg仕様ではOTにおいて10 Mb/秒をサポートし、SPoE(Single-pair Power over Ethernet)は最大1kmで1.23W ~52Wの電力を供給します。
ジマーマンは、「有線イーサネットを介した電力供給は非常に重要です。これはSPoE(Single-pair Power over Ethernet)だけでなく、PoDL(Power over DataLines)でも言えることで、それを実現する技術です」と述べています。
低電力アプリケーションおよびバッテリーや代替再生可能エネルギー源の利用さえ注目される中、データと電力の同時供給により、有線接続は技術者に不可欠なものとなるでしょう。有線通信を専門とする高性能通信技術およびソリューションの独立コンサルタントであるジマーマンは、さらに「過去5~10年で、私の仕事の約40%は、電力技術とPoE(Power over Ethernet)が中心となりました」と述べています。
この点で、この規格はシングルペアで十分な電力を供給できる大きな柔軟性を備えています。ジマーマンは、「この規格は、最大ループ抵抗を定めています」と述べています。これは、電力供給において、抵抗による電圧降下を克服するためにワイヤーゲージを選択できることを意味します。さらに同氏は、「ご存知のように、末端機器で省エネが進んでいますが、これがデータケーブルを介して電力供給できる機器を爆発的に増加させる要因ともなっています」と述べています。
また、ジマーマンは、シングルペアとマルチペアのイーサネットが同じ送受信機で使用されることは当面ないとして、「この2つは異なるエコシステムとして設計されています」と述べています。物理的な視点から見て、この2つをユーザーが頻繁に切り替えたいと思うことは考えられませんが、あらゆるものを介してデータを転送できるようになるでしょう。これは、すべてイーサネットのおかげです。
エンドユーザーは、相当な理由がない限り、マルチペアイーサネットケーブルをシングルペアに置き換える可能性はありません。しかし、インダストリアルIoTはまだ発展途上であり、SPEは今後の有線規格の主流として有力な候補となっています。
ジマーマンは、この理由の1つを説明しています。OTの世界では、イーサネットデータを転送するために既に低速のプロトコルを使用したネットワークが存在していますが、本物のイーサネットネットワークではなく、プロセス制御の環境など特定の要件を備えていることが一般的です。SPEは、このような要件を満たすことができます。ジマーマンは、「私たちは、10BASE T1Lの設計において、プロセス制御の環境の安全性を確保するために必要な電圧レベルを実現するために努力しました」と述べています。
SPEは、相当な理由がない限り既存の技術に置き換わる可能性はありませんが、一部の新興アプリケーション、特にインダストリアルIoTにおいて適切な唯一の技術となるでしょう。それだけでも成功が保証されることになるのです。

