Ethernetの「魔法の」変革

現在、私たちの仕事の多くは、データに依存しています。データは、人間の行動に対して指示や指針を示すだけでなく、意思決定を下したり機器へコマンドを発行したりする上で、しばしば直接的な役割を果たしています。これは、特に工業生産など比較的「重要」と考えられている分野で顕著です。
「豊かになりたければ、まず道路を建設せよ」という言葉があります。実際、輸送インフラが向上するなら、人の移動とロジスティクスが促され、生産に恩恵をもたらし、経済システム全体の成長が促進されます。同じ原理は、デジタルの世界にも当てはまります。データを循環させる効率的なネットワークを構築しさえすれば、私たちは途方もない力を解き放すことができるのです。しかし、工業用ネットワークの構築からしばらく経ちますが、高度な効率性はまだ達成されていません。
工業用ネットワークのための「道路建設」
工業分野で交差「道路」を建設するアイディアは、ずっと前からありました。1970年代、プログラマブルロジックコントローラ (PLC)およびオートメーションの技術の発展により、生産機器の分散管理の導入が徐々に必要となってきました。これは、工業用フィールドバスの開発につながり、以前は独立していた機器を接続できるようになりました。
あらゆる技術は、開発の初期段階で異なる規格が標準規格を狙って競い合う「戦国」時代を経験することを避けられません。工業用フィールドバスも例外ではなく、工業分野は、特有の「垂直型」環境構造により、今でも規格が統一されていません。これにより実質的にデータ循環が制限され、工業ネットワークとデータ共有の拡大が妨げられています。
異なる規格の統合が進まないことで生じる課題は、工業ネットワークの規模の拡大とともに増大しました。そこで、21世紀初め、「工業用Ethernet」が導入されました。工業用Ethernetは、文字どおり、IT分野の世界的標準であったEthernetアーキテクチャを工業界に導入したものです。標準のEthernet媒体は、世界的に採用され、物理層およびデータリンク層の両方で規格を統一する機会をもたらしました。
理論的には、これが理想的な解決となるはずでした。しかし、工業用Ethernetは従来のEthernet技術と異なるため、頭に「工業用」 が付けられています。標準的なEthernetは、CSMA/CD(搬送波感知多重アクセス/衝突検出) の仕組みを使用しています。2つのデータ送信者が衝突した場合、メッセージを再送信する前にあらかじめ決められた時間だけ待たなければなりません。これは、ネットワークの混雑時に一部のパケットが長時間送信されない場合があることを意味します。基本的に、Ethernetは、時間が確定しない不確実なネットワークです。工業オートメーションの制御では、タイミングが重要です。標準的なEthernetは、このような工業用アプリケーションの要件を満たすために、絶対的に信頼性があり正確なタイミングでデータ配信することにより確定的なネットワークとすべく、プロトコルを改良または追加して「刷新」されました。これが工業用Ethernetの始まりでした。
しかし、さまざまな製造業者がEthernetの刷新に関する独自の考え方と方法を持っていたため、工業用Ethernetと言われていても、本当の意味で相互接続および相互運用性は実現できませんでした。このようなサブネットを介したデータ循環では、追加ゲートウェイを構築する必要がありました。皆が同じ道路網を構築するために集結したにも関わらず、道路あるいは道路の一部によって交通ルールが異なる状況を想像してみてください。このような道路で、交通は円滑に流れることができず、データも工業用Ethernetのサブネットを介して円滑に流れることができません。
インダストリー4.0などのスマート製造の概念の台頭により、異なる種類のデータ循環を同時にサポートするネットワークが必要となり、さらに大きな課題をもたらしました。データは、製造現場の管理で求められるリアルタイムのデータであるか、生産の管理と最適化に必要な非リアルタイムのデータであるかに関わらず、統一ネットワークで統合して処理しなければなりません。また、全体的な最適化作業の一部では、従来の階層型のコントローラを通すことなく、エッジおよびクラウドへの直接接続が必要な可能性があります。つまり、工業アプリケーションにおける理想的なEthernetアーキテクチャがあれば、OT(オペレーショナル・テクノロジー)ネットワークのリアルタイムの制御要件を満たすとともに、IT(情報技術)分野における大量のデータ伝送に必要なコンバージェント・ネットワークをサポートできるはずです。これにより工業生産プロセス全体のデータを統合して、情報の盲点をすべて取り除くことができるでしょう。
明らかに、この理想を実現するためには、製造業界の要件を満たす統一ネットワークおよびプロトコルを構築するために従来のEthernetを徹底的に刷新する必要がありました。これは、異なるバス規格の相互運用性を妨げてきた壁を取り除く唯一の方法でした。そこで生まれたのがTSN(Time Sensitive Networks)です。
TSN(Time Sensitive Networks)への道
TSNの工業分野での応用は大きな話題となっていますが、実際は音声画像分野の画期的進歩によりもたらされました。IEEE 802.1ワーキンググループは、2006年、音声画像ネットワークにおけるリアルタイムの同期データ通信に伴う問題の効果的なソリューションを見出すために、AVB(Audio and Video Bridging) タスクグループを設置しました。AVBタスクグループが取り組んでいる課題は、Ethernetのデータ伝送の時間確定性の問題と多くの共通点を持っていることがすぐに明らかになりました。このようにして、2012年、AVBタスクグループは応用範囲を拡大し、名称を「TSN タスクグループ」に変更しました。
TSNが取り組まなければならない課題は3つありました。それは、時刻同期化、スケジューリングとトラフィックシェーピング、そして通信パスの選択と予約とフォールト・トレランスでした。
- 時刻同期化:時刻同期化により、ネットワーク内のすべての装置に対する共通の時刻基準が示されるため、時刻を互いに同期化できます。また、エンドツーエンドの伝送の遅延に関するネゴシエートされたベンチマークも提供します。
- スケジューリングとトラフィックシェーピング:これにより、優先順位の異なるトラフィックカテゴリが同じネットワークで共存できるようになります。各カテゴリは利用できる帯域幅およびエンドツーエンドの遅延に関する要件が異なりますが、同じネットワークで異なる種類のデータを送信できるようになります。
- 通信パスの選択と予約とフォールト・トレランス:トラブルシューティングのために複数のパスを使用できるように、リアルタイムの通信に参加するすべての機器が通信パスの選択および帯域幅とタイムスロットの予約において、どのように同じルールに従うべきかを定義します。これにより、ネットワークの安全性と信頼性が確保されます。
長年にわたる開発の後、TSNはIEEE802.1規格に属する一連の準規格を定義しました。これは包括的な一連のプロトコルにつながり、EthernetプロトコルにおけるMAC層向けの一般的な処理の仕組みを提供するとともに、Ethernetのデータ通信の時刻確実性(リアルタイム性)を実現しました。またこれにより、異なるネットワークプロトコル間の相互運用性が確保されました。
規格 | アプリケーション | 説明 |
---|---|---|
802.1ASrev |
時刻同期化 |
ネットワークに接続された各機器のノードの時刻を同期化します。精度は、マイクロ秒単位です。 |
802.1Qbv |
時刻同期機能を備えたスケジューラー |
データトラフィックは、異なる種類に分割され、優先度の高い時間確定キーデータに特定の時間スロットが割り当てられます。特定の時刻ノードにおいて、ネットワーク内のすべてのノードは、重要なデータフレームの移動の優先順位を設定しなければなりません。 |
802.1Qcc |
ネットワークの管理および設定 |
機器のノードおよびデータの要件の変化に対応して、ネットワークパラメータの動的な設定を実現します。 |
802.1CB |
信頼性のためのフレームのコピーおよび削除 |
リンクの故障、ケーブルの破損、その他のエラーに関わらず、信頼できる通信を強制的に実行できます。 |
802.1Qci |
フロー制御 |
トラフィックの過負荷(エンドノードまたはスイッチにおけるソフトウェアエラーが原因の可能性があります)が受信側ノードまたはポートへ及ぼす影響を回避します。また、悪意のある機器または攻撃をブロックするためにも使用できます。 |
802.1Qbu |
フレーム優先度 |
優先待ち行列管理およびフレームプリエンプション(割り込み優先転送) |
802.1Qch |
サイクリック・キューイングおよびフォワーディング |
- |
802.1Qca |
パスの制御および予約 |
- |
表1 TSN関連規格
もちろん、新規格が工業界に幅広く受け入れられ、大規模に商業利用されるためには、長い時間がかかります。高度の注意と精度が求められる工業生産などの分野の場合、他の要因も関わってきます。したがって、包括的なTSNのエコシステムの確立は継続的なプロセスです。ただし、多くの技術サプライヤーはTSNの最終的な定着をサポートしており、さまざまなレベルでの知識経験と支援の蓄積が可能になりつつあります。
図1 アヴネットのTSNハードウェア評価キット(出典:アヴネット)
たとえば、アヴネットは、開発者へTSNハードウェア評価キットを提供しています。これはXilinxとアヴネットの既存のリソースを使用して構築されたTSNプラットフォームです。開発者は、これを使用してTSNのプロトタイプを開発し検証できます。これは、最終的かつ包括的なソリューションの確固たる土台としての役割を果たすでしょう。
図2 アヴネットのTSNハードウェア評価キットのTSNシステムブロック図 (出典:アヴネット)
基本的に、インダストリー4.0およびIIoT(産業分野向けIoT)の台頭により、開発者はEthernetを「魔法のように」刷新および変革させることができました。この「魔法の変革」の結果として台頭してきたのがTSNです。変革を加速化させ、工業用Ethernetの理想を完全に実現するのは、今です。

